その間に長い散歩

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書きながら儂の話を

「一千万か」
 老人は吐きすてるように言った。
 どこをどう手がかりにしているのか知らないが、恐るべき洞察力《どうさつりよく》であった。
「そんなことがどうして判るんです」
 栄介は質問というより感嘆してそう言う。老人はかすかに冷笑したようであった。
「そのための修練を積んでおる。現在の科学というのは一見もっともらしいが、宇宙の真理を探究するのに、あれほど非人間的なやり方はない。物にふりまわされ、人には魂があるということを忘れてしまっておる。霊の持つ力は、科学から見ればとほうもない跳躍《ちようやく》の力だ。出発点からいきなり結論へ跳躍できる。科学者はそれを不合理だという。彼らのいう不合理こそ、宇宙の真理であるのに」
「とにかく当たりました。何だか知らないけど、偶然であるように思えないな」
「当たり前だ」
 老人は露骨に顔をしかめた。
「そのことで悩んでいるな」
 老人はしかめた顔のまま言う。栄介は黙って相手を見返した。
「悩みは正しい。たしかに不正な金ではない。宝くじで当てたのだからな。しかしそれは不当な金だ。働いて得た一千万円ではない。ただいつものように寝て、目が覚めたら枕《まくら》もとに積んであったという金だ。心のどこかがうずくだろう。こんなことがあっていいのかとな。恥ずかしい気もしよう。おそれもあろう。それはすべて正しい心の動きだ」
「一千万円をどう使ったらいいのでしょう」
 栄介は真剣にそう尋ねた。
「ひと目見たときから、邪霊に憑《つ》かれていると判った。邪霊が邪運を呼んだのだ。いいかな」
 老人は太い息をひとつしてから、急にやわらかな表情になった。優しい、物判《ものわか》りのいい微笑を浮かべている。
「宝くじで一千万円を当てたことについて、悩んだり迷ったりすることは正しい。だが、なぜ正しいか判るまい」
「ええ。でもうれしいばかりじゃないんです。それと同じくらい、うしろめたくて不安なんです」
「そうだろう。そうあるべきだ」
 老人は薄い唇をなめた。ひどく赤い舌がのぞいた。
「そこにある紙に、住所と生年月日、生まれた場所、それに名前をきちんと書いてもらおう。書きながら儂の話を聞きなさい」
 栄介は、テーブルの隅《すみ》に置いてあったメモ用紙とボールペンを引き寄せた。
「人間は時として、はっきりした理由もないのに不吉な予感に襲われることがある。だがそれは感覚の上だけであって、実際には何の証拠も発見できぬ。そんなとき、みな自分の感じたことを打ち消し、忘れてしまう。それはさっき言った、いわゆる科学的な思考法だ。目に見えぬものは否定する。触れられるものだけを信じようとする。大きな誤りだ。霊が感じたことこそ最もたしかなことなのに」
 老人は熱っぽい目で栄介をみつめた。
「霊の力は遠い星と自在に語り合うことができるほどなのだ」
 人通りのないビルの谷間を吹き抜ける冬の風の音が、すぐ近くを通る車の音を遠くに押しやって、うす暗い天幕の中に妖気《ようき》のようなものが満ちて来ていた。
「そしていま君は、その霊の力で何かを感じている。うしろめたくて不安だという。君の霊が君に告げているのだ。宝くじで大金を得たことが、単なる幸運ではないことを君の霊は知っているのだ。だが君の心は曇っている。触れることのできるものだけを信じようとする心が、自分自身の感覚を疑わせているからだ」
 老人は憑かれたように喋《しやべ》っていた。栄介はじっとその目をみつめ、遠い見知らぬ世界へひきこまれて行くような自分を感じている。
 老人はふと我にかえったように表情をかえた。どこか狂信的な熱っぽさが消え、物判りのいい穏やかな微笑が泛《う》かんで来た。



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